上野動物園の人気者と言えばパンダですね。初めてパンダがやって来た時もかなりの話題になったようですが、今でもパンダのニュースは多くの人が注目していますね。
そのパンダが最初に上野動物園にやって来た時からの歴史や、歴代のパンダの名前、また、パンダがレンタルされている理由を見てみましょう!
上野動物園のパンダの歴史!
上野動物園と言えば、やっぱりパンダですよね。いつの時代もパンダは大人気です。
そのパンダは「ジャイアントパンダ」という名前がちゃんとした名前で、。中国のごく限られた地域にわずかに残っていますが、絶滅の危機にあります。
そのパンダが1972年、日中国交回復の記念として中国から2頭のパンダがやってきました。「カンカン」(オス2歳)と「ランラン」(メス2歳)です。
パンダの公開は大ブームとなり、上野動物園の入場者も増えていきました。
その後、1992年、フェイフェイ(飛飛:オス)とホァンホァン(歓歓:メス)との間に生まれたユウユウは、日中親善のため中国へ行き、代わりにリンリンが来日しました。
2008年のリンリン(陵陵:オス)がいなくなってから、しばらく上野動物園にはパンダがいませんでしたが、2011年、リーリー(力力:オス)、シンシン(真真:メス)が来日して、復活しました。
上野動物園のパンダの歴代の名前は?
上野動物園のパンダ、初代カンカン、ランランから歴代の名前です。
1972 カンカン(康康:オス)、ランラン(蘭蘭:メス) 来日、公開
・ランラン(蘭蘭:メス)(~1979)
1980 ホァンホァン(歓歓:メス) 来日
・カンカン(康康:オス)(~1980)
1982 フェイフェイ(飛飛:オス) 来日
1985 ホァンホァン チュチュ(初初:オス)を出産
・チュチュ(初初:オス)(~1985)
1986 ホァンホァン トントン(童童:メス)を出産
1988 ホァンホァン ユウユウ(悠悠:オス)を出産
1992 リンリン(陵陵:オス) 来日
1992 ユウユウ(悠悠:オス) 中国へ
・フェイフェイ(飛飛:オス)(~1994)
・ホァンホァン(歓歓:メス)(~1997)
・トントン(童童:メス)(~2000)
2003 シュアンシュアン(双双:メス) メキシコより来日
2005 シュアンシュアン メキシコへ
・リンリン(陵陵:オス)(~2008)
2011 リーリー(力力:オス)、シンシン(真真:メス) 来日
2012 シンシンが出産 7.5~7.11(オス)
2017.6 シャンシャン(香香:メス)
上野動物園のパンダってなんでレンタルなの?
現在のパンダは中国からのレンタルになります。しかし、現在のパンダは千数百頭ほどしかいないため、絶滅してしまわないように保護されています。
パンダが初めて日本に来た時には、日中国交正常化を記念して中国より寄贈されましたが、その後、、ワシントン条約でパンダの商業取引ができなくなっていて、現在では中国から借りている、ということになります。
契約料は、レンタル料というより、パンダの保護や研究の支援のためという意味のお金です。
絶滅の危機にある動物を、繁殖や飼育の技術を向上させ、パンダの数を増やしていくために日本と中国が協力しあっているのです。
パンダに子ができると、その子パンダも中国籍になります。1992年には、日本でホァンホァン(歓歓:メス)から生まれたユウユウ(悠悠:オス)が繁殖のため、中国へ行きました。
年間の料金は約7,800万円の10年契約ということですが、パンダがいるといないのとでは、動物園の入場者数にかなりの違いがあるようです。
また、関連商品なども関係してくるので、パンダがいることで高い経済効果があります。
やっぱりパンダは人気者ですね。
まとめ
パンダが初来日したのは、日中国交正常化の記念ということで、中国より寄贈されました。
その後、パンダの絶滅の危険から、保護されるようになり、商業取引ができなくなってしまったため、現在では、中国よりレンタルしていて、日本と中国が協力して、パンダの保護や研究を行っています。
大人気のパンダですが、絶滅してしまわないよう、数が増えていってほしいですね。
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